カテゴリー「 コラム 」の記事

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                      御船中学校 教諭  山本 貴一
 「はい、今日の授業は〇ページから・・・」という導入を、以前は平気でやっていました。今考えると、何とも魅力を感じない、授業の始まりです。子どもの立場に立ってみると、「あー、また今日も先生のおしゃべりの始まりか・・・」と落胆したことでしょう。
 授業UDに出会って、私が最も変化したのは授業の「導入」です。これまでの自分の実践を振り返った時、どれだけ、一部の子どもたちと授業をやってきたことか。「全員参加の授業をしたい!」と考えた時、とにかく導入で、子どもたち全員をひきつけたいと思うようになりました。
 導入の工夫を色々試みました。私は中学校の社会科の教員です。単純に見せていたグラフや写真資料の一部を隠してみました。するとどうでしょう、隠すことで、一気に注目度が高まりました。いつもは見向きもしなかったA君の顔が上がっていました。そして、隠していた部分をじらしながら見せると「なんでそうなるの?」とつぶやきが聞こえてきました。視覚化の工夫がA君のつぶやきを導いたのです。私は、自分が魔法使いになったよう気持ちになりました。
 「ダウトクイズ」を取り入れました。子どもたちに、前の時間に学習したことの中に間違いを入れてクイズとして発表させました。すると、不思議です。私が一方的に説明するより、みんなはるかに集中して話を聞いていました。挙手が苦手なBさんがすっと手を上げました。発問の焦点化がBさんの挙手を導いたのです。私は、手品師になったような気分になりました。
 私は、授業UDに出会うまでは、「自分の説明で授業を何とかしよう」と考えていました。授業の主役は「自分」だと考えていたのです。しかしそれは、間違っていました。授業の主人公は子どもたちです。そしてその主人公である子どもたちが「謎解きの旅」にでかけるのが授業だと感じています。導入は謎解きの旅のほんの入り口です。
私たち教師は、魔法使いであり、手品師です。それも、自分が自己満足を得るための魔法使い、手品師ではなく、子どもたちを旅へ誘うそれらです。
 授業は「謎解きの旅」。私の旅(授業づくりの旅)も始まったばかりです。

      UDフォントから考える「ユニバーサルデザイン」の意味

                           熊本大学 菊池哲平

 最近の大学の講義ではパワーポイントなどのスライドを使うことがほとんどです。私も大学講義だけでなく研修や講演などではパワーポイントを使用しています。視覚的な情報を提示しながらの方が言葉だけの説明よりも理解しやすくなることは言うまでもありません。
 先日、モリサワというフォントメーカーが「MORISAWA BIZ+」というサービスを始めました。ユニバーサルデザインフォント「BIZ UDフォント」を無償(ユーザー登録は必要)で提供するものです(詳しくはhttp://bizplus.morisawa.co.jpをご覧下さい)。このユニバーサルデザインフォントというのは、通常のフォントよりも視認性が高くなるように調整されていて、例えば濁点と半濁点の判別や、細い文字がくっきりみえるようになど、デザインが工夫されています。私もさっそくユーザー登録して、授業で使用するスライドのフォントをUDフォントに変更しました。
 さて、いつものように資料を配付してプロジェクターでスライドを映写しながら講義をしました。受講者は60名程度ですが、ほとんどの学生はこれまでと同じような反応でした。もちろんスライドのフォントが変わったことに気づいた学生も多かったようですが、中にはフォントが変わったこと自体に気づかなかった学生もいました。ところが授業の感想カードに「今日のスライドは見やすかった」「いつもは眼鏡をかけないと見えないが、今日は眼鏡なしでも見えた」という感想が3名ほど寄せられていて、“ああ、やっぱり効果があるんだなぁ”と感じました。
 ユニバーサルデザインでは、多数の人が意識しないまま使用しているものを、少数派の人たちにとって利用しやすいように調整していきます。UDフォントの例でいえば、ほとんどの人はこれまでのフォントとUDフォントのどちらを使っても同じように見えるのですが、ロービジョンの人にとってはUDフォントの方が見えやすいのです。したがって、ユニバーサルデザインの効果を感じ取ることができる人はどうしても少数派の人たちになってしまいます。
 ユニバーサルデザインは少数派にとって必要なものであるのに対し、大多数の人にとってはどちらでも良いというものであるため、結果的に費用対効果、すなわち“かけたコストに対してどれだけのメリットがあるのか”という議論に陥ってしまうことがあります。たしかにUDフォントを使用するためには、いくらか労力(コスト)がかかります。ユーザー登録してフォントをインストールしたり、授業のスライドを作り直したり・・・しかし、「この作業によって見えやすくなる人がいる」という視点を大事にすることこそが、ユニバーサルデザインの本質的な意味なのだと改めて感じたところです。 

        授業のユニバーサルデザインと個別支援
                   熊本市立日吉東小学校 井手尾美樹
 
 『授業のUDを頑張っていたら、行動面に困り感のある児童が落ち着いてきた』という経験はありませんか。それは偶然ではなく、授業のUD化を通して、学習面だけでなく、行動面が落ち着く理由(手立て)が授業の中にあったからだと言えます。普段の何気ない授業の中の、どの手立てや支援がその子の行動を変化させたのかがわかれば、「あの先生だったからうまくいった」という限定的な支援に終わらずに、有効な支援が確実に引き継がれていくことにつながっていくと思います。

 逆はどうでしょうか。ある児童の個別の目標を意識していることで、授業のUDを機能させていくこともあると思います。
 こんな子を想定してみます。
・自信のなさや失敗への恐怖が強く、時に攻撃的でトラブルになりやすい
・他者の意図を理解したり、自分の考えを相手に正しく伝えたりすることが難しい
・友だちとかかわり合うことが苦手で、自分の考えを言わない、言えない

<つけたい力>を
○自分の考えを伝えることができる・伝える方法を知る
○「失敗を怖がらなくても大丈夫」「間違いは失敗ではない」ということを知り、耐性をつける

<支援内容>を
●安心して話せる環境を整える
●支援や成功体験と組み合わせながら、チャレンジできる機会を作る
●「みんなと意見が違う」「問題を間違えた」等は、『自分だけでなく周りの友だちにも起きていること』ということを知る。周りの児童とも共有する。
●いろんな表現方法に触れ、自分が理解したり表現したりしやすい方略を自覚する
と立てるとします。

 一斉授業内で個別に配慮することも大切です。しかしその前にもう一度、その子の理解の程度を把握した上で、A児に発表の機会を与え、自分が言えそうなところまで、自分の言える言葉で書いたり言ったりさせて、その続きを友だちが発表する。
 集団にとっては「読み取る」活動になり、A児の表現を違う言葉で誰かが言い換えてくれたり図にしてくれたりすれば、その子は新しい表現方法を知ることができます。集団にとってもあらゆる表現方法で考えを広げたり、共有化できたりすることに繋がります。その子の考えが間違っていたとしても、誰かが「Aさんはこう考えたんだと思います」と言ってくれたら、間違いは間違いにならず、A児は考えることに主体的になり、授業に積極的に参加しようとすると思います。「自分はここで発表ができた」「自分の考えをもとにみんなが考えてくれた」という安心感や、失敗への抵抗感もぐっと減り、行動が落ち着いてくることは必然です。もちろん、学級にとっても、個々を受け入れる風土や互いをサポートする雰囲気、自分の良さを感じ、安心感のある学級になることは想像できます。

 個の視点から授業が変わる、生きた授業を作り上げていくことも大切なのではないでしょうか。

授業が始まってすることといえば、1分半の黙想です。
落ちついて学習するためです。
目を開けると、本時のメニューを確認します。1時間の中ですることを箇条書きで示して、子どもたちと確認するようにしています。

国語であれば、たいてい音読からのスタートです。12月にもなると、子どもたちは「最初は音読でしょ。」と得意げに言ってくるようになりました。

私は、主体的な学びのスタートである、だれでも安心して参加できる授業づくりを日々心掛けています。
例えば、選択肢のある問いからスタートして、挙手によって意思表示させることや、発表する時みんなが見えるところに立って発表するルールの定着や、物語の順に挿絵を並び替えるといったUDの技法の利用など、できるところから取り入れています。

私自身、授業UDについての学びはまだまだですが、授業づくりがある程度パターン化されて授業者にとっても子どもにとっても分かりやすい授業展開になっていくことで、だれもが「わかる・できる」準備ができたと言えると思います。

                     菊池市立旭志小学校 皆吉美香

見方・考え方は「働かせる」もの  山田光太郎

 

現在特別支援学級の担任をして5年目になります。それまでは通常学級の担任をし、算数科研究を中心に実践を積み重ねてきました。

先日、くまもと授業のユニバーサルデザイン研究会の学習会で実践発表をさせていただく機会があり、これまで13年書きためた教育論文を見直すことから始めました。

6年前の自分の論文から、6年生の「資料の特徴を調べよう」という単元で、自分の発問と子どもの反応を9時間分まとめた実践がまず初めに目に留まりました。「言語活動の充実」が求められていた頃でした。発問の実践なのに、視覚化の努力をおしまなかったなあと、板書の写真を見直してみて感じたところです。

研究主任をしている関係で、現在勤務している学校で7月に算数授業UDの提案授業を通常学級で行いました。4年生の3けた×3けたのかけ算の筆算です。

その頃、私は算数・数学的な見方・考え方は「身に着ける」ものと考えていたので、山場にたどり着くまでに押さえておきたい用語や学習内容をていねいに共有化していきました。その結果、教師と子どもとの1対1の学習が長引き、時間も足りず、結果だらだらとした授業になってしまいました。

9月に日本UD学会の全国大会に参加しました。プール学院大学の、石塚謙二先生の基調提案の中で、教科の本質は、「見方・考え方」の深化であり、「見方・考え方」は単に身につけるだけのものではなく「働かせるもの」とありました。それを聞いてとてもはっとさせられました。そして、新指導要領を改めて読みなおしてみると、やはり「働かせる」とありました。

そこで、9月にもう一度4年生の面積で授業をさせてもらいました。1㎡は何㎠かということを考える学習です。1mは何㎝かとか、余計な押さえをせず、3人グループに1枚、実際の広さの1㎡(1cm幅の縦横の罫線をいれたもの)を配り、調べさせてみました。「こことここをかけて~」とか、「たてが100こになるはずだから~」とか、子どもたちは実際の1㎡に1㎠がいくつあるのかを算数・数学的な見方・考え方を「働かせ」ながら学び合い、全員が1㎡が10000㎠だという結論にたどり着くことができました。私が余計なことをしゃべらなくても、子どもたち同士で論理的に話し合って学習を深めていました。

見方・考え方を「働かせる」という視点で授業をデザインしたら、必要な手立ても最小限にとどまり、授業がシンプルかつ、全員参加型・全員満足型に向かっていったような気がします。

これまでの実践を振り返り、実践を積み重ねれば積み重ねるほど、UDの視点は教科の本質にせまるために欠かせないものと感じています。また、現在特別支援学級を担任し、これまでの自分の授業のあり方について改めて見直す日々です。

         「研究授業の前時がうまくいく理由」         
                               若葉小 井上伸円

 研究授業の前日に、授業者からよく聞く言葉。
「あー、今日が本番だったらよかったのに・・・」
 もちろん私も、よく口にした言葉です。そんな時は、たいてい本番の研究授業がうまくいかない。なぜ、この現象は起こりがちなのでしょうか。
 やはり、本番の授業はギャラリーもいますし、子どももいつも通りではないでしょう。授業者は肩に力も入り、前のめりになりがちで、子どもの声をしっかり聴くことができないこともあるでしょう。それに比べると前時の授業は授業者も子どももいつも通りの力が発揮できるでしょう。しかし、前日の授業が上手くいくのは案外、次のような理由からではないでしょうか。
○ 前日の授業は、本番を控えているので教師が欲張らない。
○ 前日の授業では、(教師が)学習が先に行き過ぎることを嫌い、今、子どもがどんな考えをもっているか探ろうとする。
 結果、授業が自ずとシンプルになります。また、教師が子どもの言葉にしっかりと耳を傾け、根拠を尋ねたり、ほかの子どもに問い直したりしながら児童の考えが吟味されます。
 一方、本番の授業はどうでしょうか?
○ あれもこれもと教師が欲張ってしまいがち。
○ 指導案に書いた授業のゴール目指して、教師は前へ前へと学習を進めがち。
 前時の授業で出された良い考えも紹介したいし、これまでの学習も振り返りたい。気がついたら本時の課題が提示されるまで20分が過ぎていた。普段はやらない「振り返りシート」も書かせなきゃならないから、どんどん教師が学習を進める。期待する答えが出ないために発問を連発。でも、板書だけはいつもより見栄えがよかった・・・。
 こんなことにならないためにも、授業に挑む際にudの授業づくりの視点を意識し「子どもと共に授業を創る」という教師の願いを高めていきたいものです。でも、研究授業になると、なかなか子どもの言葉をじっくり聴けないし、欲張っちゃうんだよなー。

          子どもの学びに寄り添う
                    髙田実里(熊本大学教育学部附属小学校)
 ある日の5年生での外国語活動の授業。この年、初めて外国語活動の授業を経験する子どもたちを担任していました。やりとりするのに必要な英語の語彙や表現を、カルタのようなゲームを通して繰り返し聞いたり、声に出したりしながら、慣れ親しんでいく活動をした日のことです。授業後にあかねさん(仮名)が
「先生、もっと文字を書いてほしいです。声ばっかり聞いていても、何のことを言っているのか、ぜんぜん頭に入ってこない。絵だけじゃ覚えられないし。」
と声をかけてくれました。
 あかねさんは、構成をよく考えて文章を書いたり、漢字を覚えたりすることが得意で、文字を活用して思考したり理解したりすることに強みをもつ子どもでした。他教科の授業でも、自分の考えを書き表しながら思考を整理するところもあり、話し言葉で自分の考えを説明しようとすると、「ちょっと、まだ上手く言えません。」と言う場面もありました。また、どの教科でも丁寧にノートに記述し、理解度も高い子どもでした。外国語以外の学習では、文字を活用して記憶したり、考えを整理したりして、自分の得意な方略で学ぶことができていたのだと考えます。
 わたしは、あかねさんの言葉を受け、学級の他の子どもたちにも、「もう少しアルファベットが書いてあったら、思い出しやすい人いますか?」と尋ねました。学級の2〜3割くらいの子が、書いてほしいと答えました。それから、絵カードにはできるだけアルファベットの文字を添えました。
 また、板書には、文字とイラストを合わせて示すよう心がけました。そして、自分の生活経験と関連付けて英語表現を記憶して発音している子どもや、頭文字等の音をヒントに読み方を推測している子どもがいることを学級で共有するようにしました。
 
 「多様な学び方があるのが自然なことで、自分に合う方法を一緒に探していこう。」どの教科でも、このような考え方を子どもたちに語りかけるようになりました。
 上天草特産の車エビをALTに紹介しようと、子どもから英語でどう表現するのか尋ねられました。エビの写真と “Shrimp”という文字を添えて、子どもたちと一緒に発音しました。 “Shrimp”は子どもたちにとって、耳に馴染みのない音声表現でしたが、あかねさんは1週間後にもしっかり覚えていました。「もう覚えたんだね、すごい。この英語の言い方、どうやって覚えたの?」『先生、だってShrimp ってSから始まってるでしょ。だからシュッて感じ。それに最後がPだから、プッて感じだから、それがヒントっていうか。』こんな風に、子どもに自分の思考を言語化させるような問いかけをすることで、自分の学びやすい方略を自覚することや、他の友だちの考え方を知ることにもつながると思っています。
 多くの子どもにとって、外国語学習の入門期にあたる小学校段階。そこでの外国語活動の時間は、「音声を中心に」ということが現行の学習指導要領でも、そして次期学習指導要領でも明確に示されています。人間の言語習得の過程を考えても、おしゃべりを始める前には「音声」をシャワーのようにたくさん浴びて、その中で自分の欲求を満たしたり、家族とのやりとりがあったりして、言語表現の意味や機能を理解していくことは自然なことです。ですから、言語によるコミュニケーションの力を育てていくときに、まず「音声を中心とした」活動を豊富に経験することは、重要なことだと言えると思います。
 しかし、わたしたちはそのような「理論」と合わせて、子どもたちの事実を見とり、個々の学びのプロセスに寄り添う姿勢をもち続けたいものです。このあかねさんとのかかわりが教えてくれることは、「学び方はそれぞれ違う」「自分の学び方、得意な思考の道筋を自覚することの大切さ」ではないかと考えています。そのために教師ができること、すべきことは「この教え方がベスト」「このように学ぶはずだ」というフィルターにとらわれすぎないことではないか、と考えています。子どもと共に、「どんな方法が分かりやすかった?」「先生、こんな方法どうかな!」と考えを聴き合いながら、学習を進める構えをいつも忘れずにいたいと思います。

アクティブ・ラーニングと授業のユニバーサルデザイン

             熊本大学教育学部准教授 菊池哲平

 新しい学習指導要領が3月に告示され、来年度から先行実施されます。みなさん、新学習指導要領は既に読まれたでしょうか?今回の改訂の最大のポイントは「主体的・対話的で深い学び」の実現、すなわちアクティブ・ラーニングの導入にあることはご存じと思います。これまでの知識伝授型授業からの脱却をはかり、子どもたち自身が問い、調べ、判断し、表現する学習活動を授業に積極的に導入することが求められているといえるでしょう。

一方で、これまでの授業づくりが、果たして伝統的な知識伝授型授業ばかりであったかというと、それには違和感を感じる方も多いのではないでしょうか。特に小学校においては、教師からの一方的な講義一辺倒な取組など皆無に等しいと思います。「これ以上、なにをアクティブにするのか?」疑問に思われている方もいるのではないでしょうか。そもそもアクティブ・ラーニングは、大学や高校における授業改革という視点から始まっています。伝統的に大学の授業は担当教授からの一方的な講義形式で行われることが多く、学生はそれを聞くだけという授業スタイルが多かったと思います。そうした大学での授業を改革するためアクティブ・ラーニングが導入されてきたわけです。したがいまして小学校や中学校におけるアクティブ・ラーニングを大学や高校での実践と同列に扱うことはできません。

それでは小・中学校においてアクティブ・ラーニングを導入するにあたっては、どういったことが課題になるのでしょうか。私は小・中学校におけるアクティブ・ラーニングの推進は授業のユニバーサルデザイン化(授業UD)と同時に推し進めていく必要があると考えています。大学や高校では入試(学力選抜)を経た生徒・学生が対象ですが、公立の小・中学校では児童生徒間に大きな学力格差があり、学力以外にも多様な実態を示す児童生徒がいます。その状況の中で児童生徒が自ら学びを進めていく手立てを工夫することが必要です。例えば主体的な学びを進めるためには、授業UDの中核的な視点である〈焦点化〉が重要です。学習の問いを焦点化して何を学ぶのかを明確にしなければ、子どもの主体的な学習活動は促されないし、深い学びが実現されません。また対話的な学習活動を推進していくためには、〈共有化〉や〈視覚化〉といった児童生徒同士の思考プロセスを積極的に相互理解させていく手立てが重要となります。そもそも児童生徒が安心して学びを進めていくことができるような環境整備や授業ルールの徹底がなされなければ主体的な学習活動は進んでいかないのではないでしょうか。

今後のアクティブ・ラーニング授業の実践にあたっては、授業UDの視点を持つことが重要です。授業UDとアクティブ・ラーニングの関連については、「授業のユニバーサルデザイン vol.9」(東洋館出版社,2017年2月発行)に詳しく取り上げられています。ぜひご一読下さい。

 

学級活動の充実と授業のUD

くまもと授業UD研究会 研究部 村田裕紀

 

「学級」とは、児童生徒にとって、学校における「家庭」とも言えるものです。児童生徒は学校生活の多くの時間を学級で過ごします。そのため自己と学級集団との関係は、学校生活そのものに大きな影響を与えます。学級は児童生徒一人一人にとって、学校生活の基盤となるものです。

私は授業UDの成否は、「学級経営」にあると考えます。発達の遅れや障がいの有無に関わらず、どの子にとっても居心地がよく、心理的に安定して過ごすことができる学級。自分のよさが周りに認められ、また、よさを発揮することができる学級。違いや理解のゆっくりさが受容され、間違うことや分からないことを安心して表明できる学級。学級内で問題が起こっても、その問題をみんなで話し合って、サポートし合って解決していこうとする学級。そのような学級にこそ、どの子も楽しく「わかる・できる」授業が成立すると考えます。

明星大学の小貫悟教授は、2012年に「授業のUD化モデル」を提案されました。これは授業を階層的に捉え、つまずきがちな子どもの特徴、およびつまずきに対応する工夫の視点を整理したもので、授業のUDの考え方のベースとなるものです。そこには授業でのバリアを除く14の工夫が示されています。工夫の視点の1つめは、参加レベルにおける「クラス内の理解促進」であり、最後の工夫の視点は、理解レベルにおける「共有化」です。この2つの視点は、まさに特別活動、とりわけ学級活動で大きく育まれる資質や能力です。話合い活動により合意形成した実践活動を通して、よりよい人間関係の構築を目指した学級活動の果たす役割は、授業UDに極めて大きいと言えます。

では、どのように学級活動を充実させていけばいいのでしょうか。そこにはまた、授業のUDの要素が必要となります。つまり、どの子にとっても、どの教師にとっても、楽しく「わかる・できる」学級活動の工夫です。私はそのために、『タイム』『プラン』『パターン』の3つの工夫にこだわった研究と実践を重ねてきました。『タイム』とは、時間内の集団決定と話合い活動の時間の構造化。『プラン』とは、魅力ある議題と実践活動づくり。『パターン』とは学級活動一連のサイクル化と合意形成のシステム化です。

今回の学習指導要領の改訂で、小中学校ともに、児童生徒への自治的能力の育成や主権者教育の観点から、特別活動における学級活動(1)の重要性が明確にされました。「忙しくて、学級活動にあまり準備の時間をかけられない。」これまでそういう声を残念ながら聞いたことがあります。しかし、忙しいからこそ、特別活動、学級活動なのではないでしょうか。特別活動において「自主的・実践的」、学級活動において「自発的・自治的」力を育むこと。真に『学びに向かう集団づくり』、また『学びの土台』としての学級活動の充実が、授業UDの成立につながるのです。

本コラムで紹介した、『タイム』『プラン』『パターン』の3つの工夫にこだわった実践は、第3回 授業UD学会 全国大会、授業プレゼンテーションにて紹介します。発表テーマは、「みんなが楽しく『わかる・できる』学級活動の提案~UDの視点に基づく小学校学級活動の工夫~」です。一緒に「わかる・できる」学級活動を考えていきましょう。9月16日、是非お越しください!!

           「授業UDの実践に挑戦」
園田
授業UDを知り、取り組み始めるにあたり、まず、環境づくりや刺激の軽減などから取り組んでいきました。また、いくつかの視点に注意をしながら授業づくりをしました。授業UDを考えることで、
・一人一人の児童を大切にすること
・全員参加の「わかる・できる授業」で自ら考え学び合う児童の育成
・どの児童にも学ぶ喜びを実感させること
ができると考えています。

〇授業UDを取り入れた、わかる授業づくりをめざして
① 授業に即した焦点化、視覚化などの工夫
児童のつまずきを想定した授業づくりを目指して、まずは「本時で子どもたちが何を学ぶのか」に位置する「授業のまとめ」を子どもの言葉で考えました。そこから遡って授業の山場をつくり、授業の流れをシンプルにして設計していきました。また、「視覚化」「動作化」「作業化」などを手立てとしていろいろな場面で行い児童の理解を促していくようにしました。

【授業づくりの考え方】
・本時の授業のまとめ
本時に身に付けて欲しい内容をできるだけ児童の具体的な言葉で考える。
・本時の山場での工夫
説明する内容を作り上げる活動を工夫する。本時での学習内容を身に付けるために必要な学習活動を工夫する。
・導入での工夫
授業の山場を想定し、その時に必要な既習事項、必要な言葉などをおさえる活動を工夫する。

② 配慮を要する児童の「支援のケースファイル」の作成と授業中の活用
気になる児童の授業中の様子やつまずき、有効だと思えた対応などを記録し、残していくためのケースファイルを作成して授業にいかしていきました。
例)答えを言いたくて、みんなの前ですぐ答えを言ってしまう。
→ 本人にはそっと担任にだけ自分の考えを言うようにし、よく考えたことを承認し、その上でルールを指導することで自尊感情を高めていくようにする。

【まとめ】

授業UDを目指した授業づくりを続けるようになり意欲的に学習に参加する児童が増えてきました。今後も続けていきたいと思います。

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