UDフォントから考える「ユニバーサルデザイン」の意味

                           熊本大学 菊池哲平

 最近の大学の講義ではパワーポイントなどのスライドを使うことがほとんどです。私も大学講義だけでなく研修や講演などではパワーポイントを使用しています。視覚的な情報を提示しながらの方が言葉だけの説明よりも理解しやすくなることは言うまでもありません。
 先日、モリサワというフォントメーカーが「MORISAWA BIZ+」というサービスを始めました。ユニバーサルデザインフォント「BIZ UDフォント」を無償(ユーザー登録は必要)で提供するものです(詳しくはhttp://bizplus.morisawa.co.jpをご覧下さい)。このユニバーサルデザインフォントというのは、通常のフォントよりも視認性が高くなるように調整されていて、例えば濁点と半濁点の判別や、細い文字がくっきりみえるようになど、デザインが工夫されています。私もさっそくユーザー登録して、授業で使用するスライドのフォントをUDフォントに変更しました。
 さて、いつものように資料を配付してプロジェクターでスライドを映写しながら講義をしました。受講者は60名程度ですが、ほとんどの学生はこれまでと同じような反応でした。もちろんスライドのフォントが変わったことに気づいた学生も多かったようですが、中にはフォントが変わったこと自体に気づかなかった学生もいました。ところが授業の感想カードに「今日のスライドは見やすかった」「いつもは眼鏡をかけないと見えないが、今日は眼鏡なしでも見えた」という感想が3名ほど寄せられていて、“ああ、やっぱり効果があるんだなぁ”と感じました。
 ユニバーサルデザインでは、多数の人が意識しないまま使用しているものを、少数派の人たちにとって利用しやすいように調整していきます。UDフォントの例でいえば、ほとんどの人はこれまでのフォントとUDフォントのどちらを使っても同じように見えるのですが、ロービジョンの人にとってはUDフォントの方が見えやすいのです。したがって、ユニバーサルデザインの効果を感じ取ることができる人はどうしても少数派の人たちになってしまいます。
 ユニバーサルデザインは少数派にとって必要なものであるのに対し、大多数の人にとってはどちらでも良いというものであるため、結果的に費用対効果、すなわち“かけたコストに対してどれだけのメリットがあるのか”という議論に陥ってしまうことがあります。たしかにUDフォントを使用するためには、いくらか労力(コスト)がかかります。ユーザー登録してフォントをインストールしたり、授業のスライドを作り直したり・・・しかし、「この作業によって見えやすくなる人がいる」という視点を大事にすることこそが、ユニバーサルデザインの本質的な意味なのだと改めて感じたところです。