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アクティブ・ラーニングと授業のユニバーサルデザイン

             熊本大学教育学部准教授 菊池哲平

 新しい学習指導要領が3月に告示され、来年度から先行実施されます。みなさん、新学習指導要領は既に読まれたでしょうか?今回の改訂の最大のポイントは「主体的・対話的で深い学び」の実現、すなわちアクティブ・ラーニングの導入にあることはご存じと思います。これまでの知識伝授型授業からの脱却をはかり、子どもたち自身が問い、調べ、判断し、表現する学習活動を授業に積極的に導入することが求められているといえるでしょう。

一方で、これまでの授業づくりが、果たして伝統的な知識伝授型授業ばかりであったかというと、それには違和感を感じる方も多いのではないでしょうか。特に小学校においては、教師からの一方的な講義一辺倒な取組など皆無に等しいと思います。「これ以上、なにをアクティブにするのか?」疑問に思われている方もいるのではないでしょうか。そもそもアクティブ・ラーニングは、大学や高校における授業改革という視点から始まっています。伝統的に大学の授業は担当教授からの一方的な講義形式で行われることが多く、学生はそれを聞くだけという授業スタイルが多かったと思います。そうした大学での授業を改革するためアクティブ・ラーニングが導入されてきたわけです。したがいまして小学校や中学校におけるアクティブ・ラーニングを大学や高校での実践と同列に扱うことはできません。

それでは小・中学校においてアクティブ・ラーニングを導入するにあたっては、どういったことが課題になるのでしょうか。私は小・中学校におけるアクティブ・ラーニングの推進は授業のユニバーサルデザイン化(授業UD)と同時に推し進めていく必要があると考えています。大学や高校では入試(学力選抜)を経た生徒・学生が対象ですが、公立の小・中学校では児童生徒間に大きな学力格差があり、学力以外にも多様な実態を示す児童生徒がいます。その状況の中で児童生徒が自ら学びを進めていく手立てを工夫することが必要です。例えば主体的な学びを進めるためには、授業UDの中核的な視点である〈焦点化〉が重要です。学習の問いを焦点化して何を学ぶのかを明確にしなければ、子どもの主体的な学習活動は促されないし、深い学びが実現されません。また対話的な学習活動を推進していくためには、〈共有化〉や〈視覚化〉といった児童生徒同士の思考プロセスを積極的に相互理解させていく手立てが重要となります。そもそも児童生徒が安心して学びを進めていくことができるような環境整備や授業ルールの徹底がなされなければ主体的な学習活動は進んでいかないのではないでしょうか。

今後のアクティブ・ラーニング授業の実践にあたっては、授業UDの視点を持つことが重要です。授業UDとアクティブ・ラーニングの関連については、「授業のユニバーサルデザイン vol.9」(東洋館出版社,2017年2月発行)に詳しく取り上げられています。ぜひご一読下さい。

 

学級活動の充実と授業のUD

くまもと授業UD研究会 研究部 村田裕紀

 

「学級」とは、児童生徒にとって、学校における「家庭」とも言えるものです。児童生徒は学校生活の多くの時間を学級で過ごします。そのため自己と学級集団との関係は、学校生活そのものに大きな影響を与えます。学級は児童生徒一人一人にとって、学校生活の基盤となるものです。

私は授業UDの成否は、「学級経営」にあると考えます。発達の遅れや障がいの有無に関わらず、どの子にとっても居心地がよく、心理的に安定して過ごすことができる学級。自分のよさが周りに認められ、また、よさを発揮することができる学級。違いや理解のゆっくりさが受容され、間違うことや分からないことを安心して表明できる学級。学級内で問題が起こっても、その問題をみんなで話し合って、サポートし合って解決していこうとする学級。そのような学級にこそ、どの子も楽しく「わかる・できる」授業が成立すると考えます。

明星大学の小貫悟教授は、2012年に「授業のUD化モデル」を提案されました。これは授業を階層的に捉え、つまずきがちな子どもの特徴、およびつまずきに対応する工夫の視点を整理したもので、授業のUDの考え方のベースとなるものです。そこには授業でのバリアを除く14の工夫が示されています。工夫の視点の1つめは、参加レベルにおける「クラス内の理解促進」であり、最後の工夫の視点は、理解レベルにおける「共有化」です。この2つの視点は、まさに特別活動、とりわけ学級活動で大きく育まれる資質や能力です。話合い活動により合意形成した実践活動を通して、よりよい人間関係の構築を目指した学級活動の果たす役割は、授業UDに極めて大きいと言えます。

では、どのように学級活動を充実させていけばいいのでしょうか。そこにはまた、授業のUDの要素が必要となります。つまり、どの子にとっても、どの教師にとっても、楽しく「わかる・できる」学級活動の工夫です。私はそのために、『タイム』『プラン』『パターン』の3つの工夫にこだわった研究と実践を重ねてきました。『タイム』とは、時間内の集団決定と話合い活動の時間の構造化。『プラン』とは、魅力ある議題と実践活動づくり。『パターン』とは学級活動一連のサイクル化と合意形成のシステム化です。

今回の学習指導要領の改訂で、小中学校ともに、児童生徒への自治的能力の育成や主権者教育の観点から、特別活動における学級活動(1)の重要性が明確にされました。「忙しくて、学級活動にあまり準備の時間をかけられない。」これまでそういう声を残念ながら聞いたことがあります。しかし、忙しいからこそ、特別活動、学級活動なのではないでしょうか。特別活動において「自主的・実践的」、学級活動において「自発的・自治的」力を育むこと。真に『学びに向かう集団づくり』、また『学びの土台』としての学級活動の充実が、授業UDの成立につながるのです。

本コラムで紹介した、『タイム』『プラン』『パターン』の3つの工夫にこだわった実践は、第3回 授業UD学会 全国大会、授業プレゼンテーションにて紹介します。発表テーマは、「みんなが楽しく『わかる・できる』学級活動の提案~UDの視点に基づく小学校学級活動の工夫~」です。一緒に「わかる・できる」学級活動を考えていきましょう。9月16日、是非お越しください!!

           「授業UDの実践に挑戦」
園田
授業UDを知り、取り組み始めるにあたり、まず、環境づくりや刺激の軽減などから取り組んでいきました。また、いくつかの視点に注意をしながら授業づくりをしました。授業UDを考えることで、
・一人一人の児童を大切にすること
・全員参加の「わかる・できる授業」で自ら考え学び合う児童の育成
・どの児童にも学ぶ喜びを実感させること
ができると考えています。

〇授業UDを取り入れた、わかる授業づくりをめざして
① 授業に即した焦点化、視覚化などの工夫
児童のつまずきを想定した授業づくりを目指して、まずは「本時で子どもたちが何を学ぶのか」に位置する「授業のまとめ」を子どもの言葉で考えました。そこから遡って授業の山場をつくり、授業の流れをシンプルにして設計していきました。また、「視覚化」「動作化」「作業化」などを手立てとしていろいろな場面で行い児童の理解を促していくようにしました。

【授業づくりの考え方】
・本時の授業のまとめ
本時に身に付けて欲しい内容をできるだけ児童の具体的な言葉で考える。
・本時の山場での工夫
説明する内容を作り上げる活動を工夫する。本時での学習内容を身に付けるために必要な学習活動を工夫する。
・導入での工夫
授業の山場を想定し、その時に必要な既習事項、必要な言葉などをおさえる活動を工夫する。

② 配慮を要する児童の「支援のケースファイル」の作成と授業中の活用
気になる児童の授業中の様子やつまずき、有効だと思えた対応などを記録し、残していくためのケースファイルを作成して授業にいかしていきました。
例)答えを言いたくて、みんなの前ですぐ答えを言ってしまう。
→ 本人にはそっと担任にだけ自分の考えを言うようにし、よく考えたことを承認し、その上でルールを指導することで自尊感情を高めていくようにする。

【まとめ】

授業UDを目指した授業づくりを続けるようになり意欲的に学習に参加する児童が増えてきました。今後も続けていきたいと思います。

(文中の名前はすべて仮名です)


 通級指導教室を担当しているMです。最近ますます、一人一人の感覚には違いがあるなあと思っています。2事例紹介します。

ある日、太郎さんのプリントに目の前で丸付けをすると「先生、嫌〜」と言いました。目の前で⚪︎や×をつけるのが嫌かと思って聞いてみると「赤ペンが紙をこするシュッシュッという音が嫌」とのことです。耳を押さえています。どうもガラスをひっかく音と同じくらい嫌な音のようでした。それまで私はペンによる音の違いを気にしたことはありませんでした。「どのペンなら大丈夫かな」といろいろなペンを太郎さんと試してみました。「大丈夫」と言ってくれたのは赤鉛筆でした。今は太郎さんの学習の時は赤鉛筆で⚪︎付けをしています。

ある日、次郎さんが教室に来てすぐに「ん?先生、この前の時間は三郎さんの授業でしたか?」と言うので「なんでわかったの?」と聞くと「だって、三郎君のにおいがするよ」と教えてくれました。その感覚の鋭さに驚いてしまいました。

鋭い感覚は優れた能力とも言えますが、感覚過敏は彼らの生活を苦しくする場合もあります。私たち教師が、そういった感覚の違いがあることを知っておくことは授業のユニバーサルデザインを考える時にとても大事だと思います。(M)

 

「授業UD」へのご招待

くまもと授業UD研究会 

代表  吉見 和洋

例年、東京・筑波大学附属小学校を会場に、全国から小中学校の先生約2000人以上が参加して開催される全国大会を主催する「授業のユニバーサルデザイン研究会」が、昨年1月に「日本授業UD学会」に衣替えしました。「研究会」から発展的に生まれ変わった教育研究のための学会です。

私たち「くまもと授業のユニバーサルデザイン研究会」は、この「日本授業UD学会」の熊本支部として活動しています。平成27年1月に発足しました。これまでに仲間たちと学習会を重ねたり、全国大会に参加したりしながら、この熊本の地で7回の研究大会を開催し、毎回多くの教職員の皆様の御参加をいただき、研鑽を深めてきています。

この度、私たちのホームページにコラム欄を開設することになりました。「授業UD」に取り組む仲間たちが、定期的に「授業UD」に対する思いや理論、実践や書籍文献等の紹介などをしていきます。どうぞよろしくお願いします。

さて、このコラムの第1回として「授業UD」の定義を確認しておきましょう。日本授業UD学会では、「授業UD」を「学力の優劣や発達障害の有無にかかわらず、すべての子どもが楽しく『わかる・できる』ことを目指し、教科における工夫、様々な子どもへの配慮、個に特化した配慮を駆使して行う通常の学級における授業のデザイン」と定義しています。

いわば教科教育と特別支援教育の融合です。「授業UD」は、子どもの学びを阻害する多様な要因や子どもの状況を正しく理解し、その状況に最も適した指導方法を工夫することによって、すべての子どもの学びを保障しようとするものです。

そのため、学習を阻害するバリアになっているものと、その「バリアを除く14の工夫」を、階層図とともに「授業のUD化モデル」として示しています。実践の中から生まれた多様な「工夫」が、教科教育と特別支援教育の視点に基づいてこのモデルに理論的に整理されています。多くの実践者の追試を経て淘汰され、一般化されたものです。併せて、一斉指導における「指導の工夫」、「個別の配慮」、「個に特化した指導」という「三段構えの指導」も示されています。

「授業UD」は、特別支援教育の理念や理論を踏まえながら、これまで積み重ねられてきた教科教育研究を深め、子ども一人一人の学力を保障していこうとするものです。それは、「全ての子どもに楽しく『わかる・できる』を実感させたい」という良心的な教師の強い願いに支えられています。

「授業UD」は、形だけの「手立て」や「テクニック」ではありません。「日本授業UD学会」の桂聖理事長は、「授業UDは哲学である」と述べておられます。まさに「授業UD」は表面的な指導技術の集合体ではなく、「哲学」であり「マインド」なのです。

今、新学習指導要領への移行時期を迎え、これから「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められています。「授業UD」は、全ての子どもを楽しく授業に参加させながら、習得・活用の段階を通して「主体的・対話的で深い学び」に導きます。「授業UD」は、今後求められる基礎的・汎用的能力の育成に有効な教育研究であり、教育方法論であり、実践論でもあるのです。

これから、このコラム欄で本研究会事務局員が、「授業UD」の具体的な理論や実践等について発信していきます。是非、一緒に「授業UD」を追究していきましょう。

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